飯倉洋治教授
2002年12月1日アラジーポット発会式(昭和大学会議室)でのお写真
私たちアラジーポットの顧問で昭和大学医学部小児科教授飯倉洋治先生が、2003年2月18日夜、ご自宅にて逝去されました。享年61歳でした。
飯倉洋治先生は、私たちの顧問であり、患児のために医療は勿論、患児の生活全般や社会に向けての理解を積極的に働きかけてくださった先生でした。
こころよりご冥福をお祈り申し上げます。
みなさま

先生のお通夜、告別式とも、大変に多くの方々のご会葬がありました。お通夜には、冷たい雨の降る中、小さいお子さま、中学や高校、そして成人なさったお子さまとご一緒にお父様お母さまのご参列が大変多く、私たち患者の先生はの思いを表していたと同時に、どうしてこんなに早く、がみなさんのお気持ちだったと思います。

教授に直接診察を受けた方ばかりではないと思いますが、私たちアラジーポットの顧問として、なくなられる2ヶ月少し前の発会式にご臨席いただき、会に寄せるお言葉をいただいたこともあり、みなさまにお知らせさせていただきました。

なお、告別式終了後、昭和大学の近くで、飯倉先生を偲びながら、集まりを持ちたいと思っております。場所が決まり次第メールでご連絡を致しますので、お時間のある方はぜひお集まりください。

☆☆☆ お寄せ頂いた追悼の文・思い出など ☆☆☆

◎8年前に飯倉先生に診て頂いたからこそ、現在の私達の生活があると感謝しています。(匿名希望)

飯倉先生に診て頂いたのは、8年前の初診のときでした。当時、ステロイド剤の怖さが騒がれていた頃で、私自身きちんとした知識がないまま日々悪くなる子どもの体のケアの仕方が知りたくて小児病院へ行きました。初診の時いろいろ聞かれて診て頂いた早々、飯倉先生に「そんな事していちゃだめじゃないか!、1日3回シャワーをして薬をつけなさい。ステロイドを使わなきゃ直せないぞ!」怒られて、とても落ち込んだのを今でも覚えています。内科医の父に「ステロイドを使ったら勘当だ。絶対使うな!」と言われていた私は、母親としてどう選択して良いものか悩みました。主人に相談しても「お前ががいいと思うようにやったらいい」と当時の私には、無責任に聞こえる返事でした。自分で決めるしかない。思い悩んだ挙句、私は、親には内緒でステロイドを使う治療を始めました。

 通院するうちに「のぞみの会」と言うのがあることを知りました。子どもがまだ小さく、遠方に住んでいたので、勉強会に出席することはできませんでしたが、定期的に送られてくる会報を読むのが楽しみでした。病気について、色々なことが書いてあり、一度聞いてもすぐ忘れてしまう私には、スキンケアのしかたや薬のことなど会報を片手に確認しながら、子どもに接する日々でした。ケアをしていて、精神的に落ち込むことも多々ありましたが、過去の会報を読むことで、心が開放されることもたびたびありました。「病気は、ただ病院に通院してくるだけじゃ直らない。親が病気に対して正しい知識をもって薬を使い、生活環境を整えたり、スキンケアをしたりすることの大切さを教えて頂きました。」今となっては、1日3回のシャワーと薬付けも日常生活の一部となっています。

 8年前に小児病院で飯倉先生に診て頂いて怒られても、病院を変えず、小児病院で診て頂いたお陰で、現在の主治医とも出会うことができました。長女は、アトピーが出なくなって6年目になります。下の子は、まだまだ薬と1日3回のスキンケアが欠かせない毎日ですが、この頃は、親に任せっぱなしではなくなりました。

 8年前に飯倉先生に診て頂いたからこそ、現在の私達の生活があると感謝しています。そして、心よりご冥福をお祈り申し上げます。 合掌

◎とにかく頑張って先生の意志を継いで、子供たちが健やかに育っていく環境を作っていけるよう努力していきたいと思う。(参議院議員・医師 桜井充)

◇合掌

 私の大恩人、昭和大学小児科の飯倉洋治先生が亡くなられた。享年61才であった。私が飯倉先生と初めてお会いしたのは、平成10年4月に名古屋で行われたアレルギー学会の時だった。私が「気管支喘息患者に対するステロイドホルモン療法と副腎皮質の抑制」について発表したその直後、「良い内容だな、いつ論文にするんだい。」と気軽に声をかけてこられた。大教授から直接声をかけられたので本当に驚いたことを覚えている。

 実はその前日、参議院選挙の候補者に内定していたので、私が「7月に行われる参議院選挙に出馬するので、論文を書けないんですよ。」とお話しすると、「いいねぇ、僕応援に行くよ。」と言われたときには、我が耳を疑ってしまった。そして実際、仙台に応援に来ていただき、当選することができた。

 彼は、アレルギー治療の第一人者で、最近は、シックハウス症候群やシックスクールの実態調査や国の対策にかかわっていた。彼ほどエネルギッシュに行動する教授もいなかったので、私は本当に頼りにしていた。私はシックハウス症候群やシックスクールに関して、民主党の政策責任者だったので、飯倉先生からも貴重な御提言をいただき、党の政策に反映させていた。

 省庁の審議会にも積極的に参加をお願いしていた。実は先生がこれだけ体調が悪かったことを知らなかったので、文部科学省に対してシックスクール対策の委員に飯倉先生が入っていないことについて注意したこともあった。これからも先生にお願いしなければならない多くの仕事があったので、今はショックでこれから誰におまかせすれば良いのか途方に暮れている。

しかし、飯倉先生はとても前向きの方だったので、こんな事を書いていると「お前そんな事じゃだめじゃないか。しっかりしろよ。」と先生に言われてしまいそうだ。とにかく頑張って先生の意志を継いで、子供たちが健やかに育っていく環境を作っていけるよう努力していきたいと思う。

参議院議員・医師 桜井充

飯倉洋治先生と私(アラジーポット代表幹事 五味昭二)

飯倉先生との出会いは、今から26年前になる。長男が生まれて1歳頃から咳きがひどくなり、風邪かなと思い近医に通い治療していたが一向に改善せず咳き込む頻度がひどくなる一方であった。その頃たまたま長男と同じ保育園にお子様を迎えにきていた先生が私の息子の咳きを聞き「この子の咳きは普通の咳きと違うから僕の病院に連れてくるように」と保母さんに言伝えられ、この事が先生とお知り合いになるきっかけであり、国立小児病院で飯倉先生に治療を受けるようになった。

病名が「アレルギー疾患による気管支喘息」であると聞かされたが、当時、お恥ずかしいことに「アレルギーとはどんな病気」なのか何もわからず、夜中に咳き込む息子を膝に抱え、おろおろと背中をさすり夜明かしし、病院に朝一番で駆け込み点滴治療を受けることが毎日であった。

このような日々が続くなか、外来で親の会があることを教えていただきすぐ入会し夫婦で「一からアレルギー疾患について」勉強しはじめ、息子の喘息の治療に専念するようになった。月1回の勉強会以外にも親子体操、家庭ではハウスダストの除去に以前より力を入れ掃除に取り組んだ。食物除去に努め卵、牛乳、大豆を除いた食事作りを夫婦で協力し実践した。しかし4,5歳の頃が一番ひどく年に7〜8回入退院を繰り返していた。息子の喘息は難治性のためその後発作があっても、なくても週2回の点滴治療をすることになった。

親子体操、週2回の点滴治療と会社を休むことがしばしばであった。この時期外来で先生に「七五三の行事は何か」と質問されたことがある。「女の子は三歳、七歳、男の子は五歳で体が大人にかわるので昔からお祝いしたんだ。もう少しで、良くなるから頑張れ」と励まされたことを今でも覚えている。

その後は、親の会の役員を先生から薦められ息子の喘息の治療とともに14年間、勉強会、サマーキャンプなど親の会の活動を続けるなか、若い先生方や、看護婦さん医療関係者の方々とお知り合いになり、仕事以外にも人生においていろいろな経験をさせて頂き、学ぶことができた。

先生が国立小児病院をおやめになり昭和大学の教授に就任することになった平成8年のころ「今度沖縄でドルフィンキャンプをやることになった」とお話を聞かされその下見と打ち合わせのために、その年の5月の連休に先生のお子様たちと沖縄に行ったことがある。

三泊四日同行させていただき、行き帰りの機内や沖縄でのホテルで先生やお子様たちと親しくお話や、お食事をともにし、海で遊んだことが昨日のごとく今でも思い出すことがある。個人的にも大変親しくして頂いた。

患者、医師、コメディカルの三者を結ぶ学びあいの場と考えた、アレルギートライアングルの企画を行ったのもこの時期だったと思う。常に患者一人一人のことを思い、その教育、アレルギーの社会的啓蒙を第一義と考え精力的に実践なされてきた。先生が国立小児病院に赴任し、患者教育を考え親の会を組織し治療の改善に努めてきたことは大変画期的なことであり、自らがインフォームドコンセントを実践し小児アレルギーの権威として日本だけでなく、世界レベルで活躍されてきた歴史でもあったと思う。最近は少子化に伴い少なくなる小児科医療の実態を厳しく見つめ、未来の国の支えとなる子どもたちを守るために地域医療における小児科医療の改善、対策にも力を注いでおられた。

昨年12月、先生のご指導を頂き、アラジーポット(アレルギー児を支える全国ネット)を発足、先生が顧問に就いて下さったのも、患者会の精神的、理論的支えになり共に学んでいってもらおうとの考え方からであったと思う。これからという時期に先生を失うことは大変残念の一言につきるが先生の遺志を継ぎ、これからは患者自身が患者を守り学んでいく、成長する会を組織していくことが先生に対する唯一の供養だと信じたい。合掌

アラジーポット代表幹事 五味昭二

☆☆☆ リンク (先生の記事や紹介などのホームページ) ☆☆☆
 国立成育医療センター研究所・免疫アレルギー研究部
 e-docter シリーズ「あの人に聴く」―第16回―
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